2020年3月、「中谷宇吉郎 雪の科学館とかがく宇かんの活動、そして片山津温泉が連動し、世界中の科学や芸術を愛し、環境を敬う人々が訪れる聖地にする」という大きな方向性が、岡﨑ディレクターによって示されました。これに中谷芙二子氏も賛同し、柴山潟のほとりを、子どもたちが「科学の心」をとり戻せる “生きている遊び場” にするべく「霧の森」構想を提案しました。
コロナ禍等による一時中断を経て、2023年3月に岡﨑ディレクターによる修景模型とコンセプトが完成。6月には加賀市教育委員会にて、中谷芙二子氏から宮元陸加賀市長へプレゼンテーションが行われました。
この壮大なプロポーザルは、中谷芙二子氏と岡﨑乾二郎氏が提案する「未来へのメッセージ」であり、その行方は未来に委ねられています。
雪はわたしたちの見ている世界をまったく別の景色に変えてしまいます。霧はわたしたちの目から、世界を隠したり、また出現させたりし、離れて眺めれば、霧は大地を盛り上げ、あるいはなだらかに繋げてしまったりし、大地(と一体となって)そのものをみるみる変容させます。同じ形にとどまっているように見えていた大地が、生き生きと変化し動いていることを、雪も霧も、わたしたちの目に触覚に耳にはっきりと示してくれるのです。雪も霧も動いてやまない、生きもののようです。そして、その雪も霧に導かれ、大地も生き物であったことをわたしたちは知るのです。思い返せば、地殻の運動で形成された大地の形態、その山や谷、丘という起伏の機微、襞の連なりを最後に仕上げたのも、水の働きでした。水は雨や雪となり、地面を侵食し、川や氷河は大地をけずりとり、水によって大地は彫刻されたのです。
中谷宇吉郎博士を記念する雪の科学館、そして中谷芙二子の「霧」の彫刻、下水道浄化センター、ここに集まるすべて、水の生成変化に関わっています。「雪と霧の公園」(仮題)はこれらの施設に隣接し、それらをひとつのコンセプト「水の生成変化」が現れて止むことのない、生きたランドスケープ、景観として統一する目的をもって計画され提案されます。「雪と霧の公園」(仮題)は、変化しつづける水のさまざまな生成変化の姿をさまざまな時間の重なりとして経験することを可能にする、自然学習と芸術が一体となった公園です。水の様態の変化、そして大地を含んだ景観の変化は、時間を(写真を撮るように)静止して捉えれば、それぞれの形状は波動として、よく呼応し連続し溶け合っていることがわかります。このように時間を静止すると類似しても見える霧や雪、大地という様態の違いはそれらが変容していく時間のスケールの違いとしてだけあるともいえるのです。ゆえに霧は大地の変化=その悠久の時間を圧縮したような経験をわたしたちに与えてくれるのです。
中谷芙二子の「霧」の彫刻が与えてくれるのは、この悠久な時間にわたしたちがいる「今」という時間が解放されていくような感覚です。 そして雪(そして氷も)は圧倒的なボリュームで山河を覆い、隠してしまいます。そのうちの多くは季節が推移することで消えていきますが、瞬時に現れて、溶けて消えていく氷の結晶に、広大なスケールを持つ自然の時間そして空間の構造、そのさまざまな情報が埋め込まれていることを中谷宇吉郎博士は見出し、研究したのでした。中谷宇吉郎博士を記念する雪の科学館、そして中谷芙二子の「霧」の彫刻、下水道浄化センター、ここに集まるすべて、水の生成変化に関わっています。その生成変化によって、長大なタイムスケールで作り出される大地の運動を「雪と霧の公園」は一つの景観として重ね合わせ出現させようとしているのです。風景の停止。風景の停止(stoppage)、stoppage timeとして現れる風景。
大地の起伏、丘陵、山脈の波打つような形状は、地表を覆う地殻が波状に押し合う力によって作り出されたものです。造山運動は時間スケールが伸ばされた違いはあるものの、水面を伝わる波の力と同じ原理、構造で生み出されていた、と考えることもできます。水面とおなじように大地を連続した厚い布とみなすと、そこに押し寄せる力は、地表に襞、ドレープのような形状(褶曲)を作り出します。
「雪と霧の公園」はこの大地の襞—褶曲を再現します。まず畝のような、起伏が構造体として作られます。そこに土が盛られ、植生が施されます。やがて時間の推移(雪や雨が降り注ぎ)によって、谷には土砂が堆積し移動し、植生が変化し、大地の形状自体も変化していくでしょう。雪が積もれば谷はなかば埋もれ、なだらかな起伏をつくりだします。そこここに設置されるはずの中谷芙二子の「霧」は、この大地の起伏を鋳型にするように、その形をなぞり、反転させ、そして大地そのもの、丘陵が生きて移動していくような変化を現出させるはずです。やがて自然の霧もそれに倣うような振る舞いを見せることでしょう。
谷や畝には四季の変化を微細に現す植栽が配されます。そしてもちろん散策したり、観察したり、瞑想したりできる小径やスポットが設けられます。大地の姿が霧のように雪のように水の流れのように変容していく、数百万年から数十億年の時間スケールを今、ここで起こる、一刻一刻の変化のなかに圧縮されているような、経験をこの公園は与えてくれるはずです。
雪と霧の公園の計画は、詩人のカール・サンドバーグ(スウェーデン系のアメリカ人でイリノイ州で暮らした詩人)が描いた霧や雪の姿をイメージの源泉にしています。この公園におとずれる人々が、サンドバーグが生き物のように描いた雪や霧の姿に出会えるようにと願っています。
雪
雪はわたしたちを霧くもる谷から白い山へ連れ去って、わたしたちはベルベットブルーの牛がヴァーミリオンの草を食べているのを見た。その牛がピンクのミルクをくれる。
雪はわたしたちの骨を、風に捕まって、いろいろな踊りをつむぎだす流れる霧へと変えた。
Snow
Snow took us away from the smoke valleys into white mountains, we saw velvet blue cows eating a vermillion grass and they gave us a pink milk.
Snow changes our bones into fog streamers caught by the wind and spelled into many dances.
霧
霧がくる
ちいさな
ねこの足
にのって
霧はすわって
みている
港と街
しずかに腰かけ
そして
うごいていくFog
The fog comes
on little cat feet.
It sits looking
over harbor and city
on silent haunches
and then moves on.
カール・サンドバーグ|カール・サンドバーグ(1878~1967)はスウェーデン系アメリカ人でアメリカ合衆国、イリノイ州に生まれ育った詩人,
Carl Sandburg 1878–1967