「中谷宇吉郎 雪の科学館」は加賀三湖のひとつ、柴山潟のほとりに立地している。潟とは、砂州の堆積によって海洋から切り離されてできあがった、海岸沿いの湖である。今から約1万年前、加賀三湖周辺はまだすべて海であり、2000年ほど前に潟湖になったとされる[*1]。地質学的スケールの時間のなかで、自然の作用によってできあがったこの湖は、1950-60年代の干拓事業によってその姿を大きく変えている(地図で俯瞰してみると、干拓によって湖の東岸が完全な直線になったことがよく分かる)[*2]。自然と人工双方の作用が働いた「合成の風景(the synthetic landscape)」として、現在の柴山潟の姿はある。
「かがく宇かん」という場で、これからさまざまに試みられる実践を貫くだろう、「科学」と「芸術」のつながり。別々のカテゴリーとして分化された「科学」と「芸術」は、どのようにつながるのか。科学を芸術的視点から考えること、またその逆。一方の領域の技術を、他方の領域において応用的に使用すること。あるいは、たとえば「観測」という方法から、両者の共通項を見出すこと。
アメリカの芸術家ロバート・スミッソンが、1968年に「心の堆積:アース・プロジェクト(A Sedimentation of the Mind: Earth Projects)」という論考を発表した。美術、地質学、哲学、文学、心理学、科学技術、造園など実にさまざまな領域を横断していく、彼の代表的な芸術論の一つとされている。論考の中から、〈ノンサイト〉と呼ばれる自身の作品群について述べた箇所を以下に訳出する。〈ノンサイト〉とはおおまかに次のようなプロセスで制作される作品である。スミッソンはまず、石切場、沼地、砂漠、山岳、工業地帯(屋外)などを旅し、鉱物を採取する。そこがサイト(場所)となる。そしてその鉱物を木や金属製の「容器」に収め、地図や写真、テクストと組み合わせてギャラリーや美術館(屋内)に展示した。この複合体を、スミッソンはノンサイト(非-場所)と呼んだ。
かつての境界の残骸
ロバート・スミッソン「心の堆積:アース・プロジェクト」『アートフォーラム』7巻5号(1968年9月)、89-90頁。
地層とは、乱雑なミュージアム(a jumbled museum)だ。その堆積のうちに埋め込まれているのは、合理的秩序から外れた区域と境界、そして芸術を囲い込んでいる社会構造を収容したテクストだ。岩を読むためには、地質学的時間、それに地殻に埋まった先史の物質から成る諸層に、意識的にならねばならない。打ち捨てられた先史のサイトを探査すると、私たちが有する現在の美術史の限界をくつがえす、ボロボロになった地図が山と見つかる。堆積の諸層を調べていくにつれ、見る者は論理の瓦礫に直面することになる。生(き)の物質を収容した抽象的なグリッドは、不完全で、壊れ、粉々になった何か、として観測される。
1968年6月、妻のナンシー・ホルト、ヴァージニア・ドワン、ダン・グラハムと、ペンシルベニア州のバンゴール・ペン・アージルにある粘板岩(スレート)採石場を訪れた。中空に浮くように突き出た粘板岩が積み重なり、採石場の底深くにある青緑色の池の上に張り出していた。境界や区別といったものは、この粘板岩の海では意味をすべて失い、ゲシュタルト的統一に関する概念は完全に崩壊した。いま現在は、前に、後ろになりつつ「脱‐分化(de-differentiation)」(アントン・エーレンツヴァイクによるエントロピーを指す語)の混乱の中へと落下した。無数の層序学的な地平線が、あらゆる方向に伸びる急勾配へと落ち込んでいくのを、まるで石化した海の底から見つめているかのようだった。[地層の褶曲の]向斜(下向き)と背斜(上向き)の露頭と、非対称になった崩落とが、軽い失神とめまいをもたらした。このサイトの脆さが、まるで自分の周りに群れ集まってくるように思われ、それが転位(ディスプレイスメント)の感覚を引き起こしていた。 私は小さな「ノンサイト」のために、粘板岩の小片を麻のバッグいっぱいに集めた。
しかし芸術が芸術である以上、それは境界=限界を持つはずだ。どうすればこの「海洋的な」サイトを収容できるのだろうか? 私はノンサイトを創った。それはサイトの崩壊を物理的な方法で収容する。この容器はある意味で断片そのものであり、三次元の地図と呼ぶことができるだろう。「ゲシュタルト」や「反形式」などに訴えずとも、ノンサイトは実際に、よりはなはだしい断片化の断片として存在する。それは自らの収容の払底を収容しつつ、全体から切り離された、三次元の〈眺望(パースペクティヴ)〉である。その名残に謎などなく、終わりや始まりの痕跡もない。
以上の箇所を引用・訳出したのは、スミッソンの思考の核にある「脱分化」というコンセプトが明示されていること、脱分化には、科学と芸術の接続のヒントが埋め込まれていると思われること、美術館で働く筆者にとって重要なミュージアム(とその外部)の問題を扱っていること、そして「かがく宇かん」という活動が柴山潟のほとりを起点として始まること、などを主な理由とする。この論考全体を日本語へ翻訳し、注釈を加えていくことから、科学と芸術のつながりについての筆者個人の作業を始めてみたい。これから始まる「かがく宇かん」に関わる方々とのさまざまな実践や協同のなかで、訳文は変化し、注釈は積層していくだろう。その先に、科学と芸術のつながり、たとえば「岩を読むこと」の具体化が現れ、あるいは「三次元の〈眺望(パースペクティヴ)〉」が開かれるのではないかと思う。
科学的抽象は無意識的な脱分化の所産である。それは、意識的な目からすれば矛盾し合い、互いに抹殺するようなイメージの混合の上に成り立っている。[…中略…](無意識のイメージ形成における静的な構造に関するとき未分化と呼び、自我が表層の心像を散乱させ抑制する、ダイナミックな過程について説明するとき脱分化と呼んでいる)。
アントン・エーレンツヴァイク『芸術の隠された秩序──芸術創造の心理学』岩井寛、中野久夫、高見堅志郎 訳(1974年、同文書院)、16-17頁。
芸術にめばえる新しいイメージ、または科学における新しい概念は、対立する二つの構造原理の葛藤から生まれる。抽象的なゲシュタルトの要素の分析は、全体的な対象の統合的把握に対し、部分への焦点づけは複雑な走査に対し、破砕は全体性に対し、分化は脱分化に対して、それぞれ戦いを起こす。